乞食してもこの仕事をすることがどんなに楽しみだろうという気持ちの方が、私の心の中で今までの気持ちを全てうち消してくれたんだ

 その晩です、私が思ったのは。俺みたいな、ただ人ばかり斬って、息の根とめるだけを心持ちのいいように思っていた、野獣以上の荒くれた人間が、とにかく、これから先ちょっぴりでもいい、人の幸福を考えようという気が出たのは、おかしいなあ。今まで持ってた心が本当の俺かしら。今の心持ちが本当の俺かしら。自分でわからない。けれど考えてみると、今までの心持ちはいっぺんでもいい気持ちを感じたことはなかったなあ。まだやらないけれど、これから人の幸福のために働こうという気持ちのできたときの方が、天地雲泥の差があるくらい、何とも言えない快さといおうか、すがすがしいといおうか、こんないい気持ちを感じる心というものが俺にあったのかしら

  贅沢の限りを尽くせるだけの収入のある人間が、あすから収入がなくなって乞食になるかもしれないっていうときに、たいていの人だったら物質的な欲望から断然その方へ行こうっていう気持ちは出ないでしょう。それが私は反対に、乞食してもこの仕事をすることがどんなに楽しみだろうという気持ちの方が、私の心の中で今までの気持ちを全てうち消してくれたんだ

-中村天風「成功の実現」より