全てを客観的に考えるという特定意識を習性づけなさい-中村天風

 そこで最後に、心を積極化するのにとても役に立つ特別の心がけを教えよう。これは私がインドで教わって、そのままやって、非常に私の病の回復に役立ったんだから、あなた方にも役に立つだろうと思う。

  それはね、肉体の感覚はもちろん、そのほかの本能的感情や情念、さらに理性心でも霊性心でも、すべて実在意識領域に発現するすべての心的現象を、あとうかぎり客観的に思うことなんだ。

  わかる?これだけでわかる人はいないだろうな。もっと噛んで含めるように言うから安心おし。今まであなた方は、一切の感覚も感情も、また理性も霊性心も、すなわち心の動きの全てを直ちに主観意識で思考していたんですよ。まだわからない?わからない人には、もう少しわかる言葉で言う。

  自分の体が痛いとか、かゆいとか、不愉快だとか、あるいは腹が立つとか、悲しいとか、恐ろしいとかいう感覚や感情、そのどれでをも、今後はだよ、例えば腹が減った感じであろうと、あるいは痛みであろうと、怒りや憎しみや悲しみというような一切の感情を、ちょうど自分以外の人が感じているように、客観的に考えるようにしろっていうんだよ。まだわからない?もっと噛んで含めるように言おうね。

  自分の腹の痛いのを、隣のおばさんの腹が痛いように感じなさいって言うんだよ。

  鳩が豆鉄砲くらったような顔して私の顔を見ているが、よく考えなさい。ここが難しい哲学なんだから。感覚とか感情とかというものは、実は実在意識がそう感じるからそう思うのですよ。いいかい。霊魂という気体には、そういう事実は少しも感じていないんだよ。痛い、かゆいというのは実在意識が、神経を通じて実在意識にそれを感じせしめているから感じるだけで、感じなければ思わないんだから。

  よく寝ているときに足の裏をくすぐったとする。ひどくくすれば目を覚ますけれど、ひどくくすらないかぎりは、フウッと何か言いながら横向いちまう。我々が軍事探偵をしていたとき、敵が枕の下なんかに大事な書類入れてるとね、鳥の羽のようなものを持っていって、ススッとくすぐるんだ。そうするとねえ、向こうにヒョイと向きますよ。向いたときにそいつを取る。本人は明くる日まで知りゃしません。

  あなた方もそうだろ。寝るときはこっち向いて寝てたけど、目が覚めたらあっち向いてたということがあるだろ。ひどい奴になると、頭のほうが足のほうに向いちまう。

  さあ、この人間の心理現象の中に存在するデリケートな消息を考えると、今私が言ったように、全てを客観的に考えるという特定意識を習性づけなさい。言葉が難しい?何でもいいから、自分のことを第三者の立場に立って考えるように習慣づけなさいっていうんだよ。すると、心の統御上、全く格段の相違ができてくる。

  私がこうやってあなた方に話をしているときに、「ああ、天風が今ここで一生懸命にこういうことをしゃべってるわ」と、もう一人の自分が脇で見てる気持ちでおしゃべりしてるんですぜ。

  こういう心がけを実行すると、自分の生命の道具である心や肉体と、ほんとうの自分とを混ぜこぜにしなくなるんです。いつも截然としてほんとうの自分をぴたりと守って、心を積極的に完全に生きられるようになるんだよ。実際ですよ、こうした特定意識で人生を生きてこそ、いつも頼もしい積極的な人生に生きられるんです。そしてほんとうの幸福なものになれるんです。

  とにかく、すこぶる効果のある心がけなんですから、ぜひともこの特定意識を習慣づけなさいよ。この特定意識で病的感覚や苦痛を客観視する心がけが普段になると、不思議といって良いほど痛みや病の回復が早い。心がそれと取っ組んでひっくり返って、組み伏せられたり、あるいは組み伏せられまいと思って抵抗したりする必要がないもの。

 前に言ったね、病は忘れることによって治ると。それと同じ理屈になるわけなんだ。自分の腹の痛いのを考えるのと、隣のおばさんの腹の痛いのを考えるのとは、考え方のなかに非常にギャップがありゃしない?

  それをあなた方は、肉体を自分だと思ったから腹が痛いときに、「あ、『俺』が痛い」と思ったが、そうじゃない。自分の生命を生かす道具の肉体の一部分の腹が痛いのを、神経系統を通じて実在意識で感覚したんだ。この考え方の方がほんとうなんだもん。そしたら、そういう考え方にすればいいじゃないか。それを「ああ、痛い痛い痛い、どうしよう」。それがいけないんだよ。

  特定意識を自分の心とする習慣がついちまうと、どんな出来事に直面しても心の動乱が生じないんですよ。泰然自若として対処することができるんだ。これだけ聞いただけでも嬉しかないかい。ええ?どっかへ病なんてのは吹っ飛んでいっちまう。それを、何かたいへんな授かり物でも受けたように寝た間も忘れずに、その病に取っ組んでる奴はいつまでたっても治りゃしないよ。

  さ、少しでもこの言葉のまねができる人は幸せ。そうすれば全く違った人間になれるぜ。
-中村天風「成功の実現」より